Thought in the brains of iron scrap

技術のこと以外を書くブログ

どうして人は昔、自分がされてよくなかったことを違う人にしてしまいますか

うどんこ天気 - 相互不理解で失恋した話 恋愛はつもりででも出来るとかなんとか

説明すらしなくていいことに安心した。段々と、口煩くなっていく、重荷が増えていく、わだかまりが完全に溶けない彼に、私は鬱陶しさを感じていた。もちろん他にも理由は多々有った。ひとつひとつ、駄目になってしまうような、憂鬱な何かがたくさんたくさん蓄積していた。生活上の細かい事や、それを決まりきった事と常に返答して私の方法を否定する事、こうしろああしろとうるさいこと… 大事にしてくれていたのは解っていたし彼が私に色々言うのも安心の表れだとは解っていた。でも。そういうことに、彼に気付いてもらおうとは、もう思わなかった。言う価値がないと判断したのかもしれない。付き合い始めて当初に、言った気もする。どうだったか。…好きだったはずなのにな、と思ったのだが、案外、思い返すとそれがもう、よく解らない。

自分のことだったり、かつての誰かかが自分にそうだったのだろうと想像することだった。


人と書いて、自分と読むかもしれない。


誰にも気にせずえんえんと大悪司をやりたいというときも、焦燥感に駆られて勉強に没頭したいというときも、いろいろ都合が悪かろうにと思い、そんなそぶりを出さずに定期的にかけて欲しいと言われた電話をかけたことがあったりした。もちろん、当時相手のことをどうでもいいなんて決して思っていなかった。


いかがわしいコミックなどなどを全部古本屋にもっていって欲しいと懇願されたこともあった。(当時、地元で激品薄だった)大暮維人のエロス単行本が!町田ひらくが!などと心の中で叫んだものの、そういうもの趣味への後ろめたさもあったし、だいたいのことがどうでもよくなるくらいにはその人に参っていたので、そう事を荒立てず、地元で最大手の古本屋で二足三文に変えた。*1


時給ウン百円のバイトと時給ウン千円のバイトを掛け持ちしていることについて、どうして安いほうを続けているのか、正直賢い行動といえない、やめろ、と機嫌が悪い時にはなじられたこともあった。


だから、ひとりになったときは寂しいと思った半面、解放感を感じた。欠落感をごまかすためということもあったけれど、これからの時間の使い方に胸を踊らせた。


反面、別のときには、接し方や共感を身勝手に押し付けたこともあった。上に書いてあるように押し付けられた人間と同一人物がだ。


引用のエントリを読んだり、以前を思い返して、いろいろと他にも思いあたることはあったのだけど、それは別の話


昔、つきあっていた人とメシを食ったとき、いろいろ近況なんかを交換して、今の彼氏とすごいうまくいってるし、すごい良い人だ、みたいなことをふんふんと聞いたりしながら、そこらへんの暮らしぶりみたいなことを聞くと、なんとなく別人だなぁというか、自分がつきあっていた人と全く違う人のようなところも感じた。


向かい合う人のことを想うことと向かい合う人を見るということは、結構違うのだね。

*1:いろいろあってから買いなおしたのは言うまでもない。あと、その店はつぶれたけど